贈る言葉
投稿日:弊社も創業72年が経ちました。始まりは私の祖父が、魚屋を営んでいた実兄の手伝いで東京に出てきて、そこから独立し、魚屋を開業、3人の男の子を養い、私の父が長男で、本来なら継ぐべき存在でしたが、病弱だったのと、性格が全く向かないということで、次男が継ぎ、当時の客先だった銀器屋さんに勤める形で、職人の道を歩き始めました。
昭和28年ですから25歳の時だったと思います。その際祖父が、共に本家を守りなさいと三男坊(後に弊社専務)を説得、まだ高校在学中でしたが、そこから会社を立ち上げたそうです。
その際、祖父が専務に言ったことが
・稼業は次男が継いだが、私は本家である長男に先々面倒を見てもらいたい。だから金の件でもめるな、兄貴をたてろよ、と言われたそうです。
父からは
・お前の為に文句言ってくれる人は大切にしなさい
・手形はふるな、割るな、私の遺言だと思え
・1に会社2も会社、個人は二の次、そう思って、日頃から心掛けておきなさい
・会社の車、使っても良いから、10ℓ使ったら、自分で20ℓ入れて返しなさい
叔父である専務からは
・会社の総売上の20%を超えるお客を出来るだけ作らない
・在庫を0と計算し、借金が売上を上回ったら、会社をたたむか、一度良く考えてみなさい
・社員さんはトップの背中を見ている、だから宝塚じゃないけど、清く正しく美しくでなければ駄目だよ
・零細企業のオーナーは、全て出来なくては駄目、だから浅く広くて良いから、色々の分野で経験をつみなさい
そして、今後どのような事を、次の世代の者に声を掛けていけるか、もうすでに伝えてはおりますが、果たして理解してくれておるか、また実践できるか、見守っていきたいですね。
私の若かったころの話です。親がこずかいを、あまりくれなかったので、高校1年の時からバイトしておりました。高校卒業後も同様でしたが、ある日、専務から、今は接客業らしいけど、それも先々必ずいきてくる。でもそろそろ、ここで学生の間バイトしないか。そして他の会社を経験するのも選択肢の一つだけど、覚えることが沢山あるから、就職活動せず、ここに入社しないか?と言われ、成績も良くなかったし、始めからそのつもりだったので、22歳で入社、早いもので40年が過ぎ、41年目になりました。自分の将来設計では、あと9年で、ほぼリタイアし、若い者に任せていけたらと思い描いております。
周りの話ですが、70歳になると、気力と体力が、ガクーンと落ちるそうです。どこかで線引きし、会社に迷惑を掛ける前に、速やかに世代交代ができることを、望んでおる次第です。
そうはいっても、まだまだ頑張りますので、今後共よろしくお願い致します。
